近江牛
2012年01月26日 19:44

先日、お見舞い日帰りで琵琶湖へ行った。
わざわざと、おっしゃってご馳走になりました。
但馬産黒毛和種、近江牛。
松坂牛、神戸牛に比べ繊維や霜降りのきめが細かく
「口の中でとろけるまろやかさ」と云われる。
江戸時代には近江の牛肉が「養生薬」の名目で
味噌漬けや干し肉として将軍家へ献上されていました。
俗説で、江戸幕府へ近江牛の献上を断った
井伊直弼を恨んで、水戸藩士が桜田門外の変で討ったと。
水戸には【モウ御免と桜田門】と文が残っているとか。
近江牛を扱う駅弁には
【食べ物の恨みは恐ろしい】と書かれている。
さすが、近江牛は大変美味しゅうございました。
早良仙渓荘
2011年12月22日 20:16
とある山の麓に早良区がある。なんてない田舎町だが
地鶏が有名。その地鶏料理屋【仙渓荘】言う。
まあ、その辺一帯そのような専門店が犇いては、いますが。
白壁の店、中に入ると枯山水。

料理がすごい。
鶏皮酢の物、鶏身を甘辛く炊いた小鉢が出て
モモ、ズリ、ハツの刺身。朝一しめた地鶏は美味い。
唐揚げが一人6から7個の割合で一皿に山盛で出てくる。
(前回は4人だったので25個位のテンコ盛り)
そこから一人一もも焼きが出てきて、
満腹ってところから、
〆の地鶏のスープ
白く濁った地鶏のエキス満点と白ご飯が出てくる。
前もっての予約が必要だが鶏好きには是非とも
足を運んで頂きたい。
ちなみに料金はお一人様3000円とリーズナブル。
元湯
2011年12月17日 17:09
いかにも、って感じの温泉?銭湯。ぶら下がり健康器、体重計。
そう言えば左側には野鳥の絵画が壁全体に飾ってありました。
熊本県人吉市麓町9
泉質 : ナトリウム-炭酸水素塩化物泉 PH8.0 48.1℃
効能 : 糖尿病、通風、消化器病、胃腸病、便秘、疲労回復など
料金 : 200円
営業時間 : 6:00~12:00 15:00~22:00(第二火曜定休)
【おかみさーん!時間ですヨー】
彼
2011年11月10日 19:18
それから3年ほど一緒に働きました。
その彼から聞いた話、仕事終わり
自宅に帰った彼は、まず着替え
と思ってたみたいなのですが、便をもようし
トイレに入ったそうな、
通常着替えを洗濯機に入れるように教育?されていたみたいで
脱いだ靴下を、そのまま便器に勢いよく投入れたらしい
習慣は恐ろしい話。
その彼も去年パパになりました
。もりいぞう
2011年10月01日 17:22
森伊蔵

鹿児島産の有機栽培のサツマイモを原料とし、手間の掛かる伝統的なかめつぼ仕込みにより生産している。イモ臭さを除去したまろやかな味を特徴としている。「幻の焼酎」として知られる。「魔王」「村尾」と合わせて「3M」と呼ばれる。過去に何度か味わったが、微妙な感想。
世の中の人々はプレミア、限定の言葉に弱いんではないかと
思う。上記写真は720ミリで22,000円
1ミリ30円55銭もする。この720ミリは通常市場では販売されないと
言われてます。超高級料亭などでしか拝めない。
でも、そんなに美味かったかな?本数に限りがあるため
なぜかしら幻の焼酎と囃されているのも現実であろう。
芋焼酎なら、宮崎の【月の中】と書いて、つきんなかと言う焼酎と
【不二才】ぶにせが美味かった。
自分の舌であじわい
素直な感想こそ人其々のお勧めではなかろうか
ちなみに上記の写メを撮った後、1000円前後の焼酎を3本
買って帰りました。
SL
2011年09月30日 22:36
人生には時間をとりもどす旅が必要です。
心を癒し人と語らい自然と戯れる豊かなひと時
日本三台急流球磨の辺、大切な思い出つくりのエスコート
旅情を誘うしっこくの列車
と言うわけで熊本八代から人吉まで
ハチロク(8620型)
鉄道院製造(旧国鉄)
国産旅客車牽引用テンダー式蒸気機関車に
乗り込みました。
夏休みと重なり、家族連れ走りまくる子供
泣きじゃくる赤ん坊、
さもすれば癒し?とは無縁の乗った気機関車でした。
電子マネーVS電子レンジ
2010年09月10日 19:40
ついこの前の事。行き成りバス通勤の為、確認で【よかねっと】(西鉄電子マネーカード)を出し、その後夕食の準備に取り掛かりました。食材、出来合い物を温め食した後、何故かカードが、
消えていました。探せど探せど見付からず、
諦め掛けていたそのとき、先程レンジに入れた食材の事を思い出しました。
レンジの中を覗くと・・・・カードがポツンと
多少変化していたが、まあ大丈夫と過信していたら
案の定、次の日バス下車の際は現金支払。
※ラップにカードはくっつきます。
電子マネーは電子レンジで加熱すると
使用不可能になります。
過去にあった出来事
2010年02月12日 22:05
琵琶湖のとあるホテルの会長が亡くなられた事が始まりです。
母から連絡を受けたのが深夜すぎのことで次の朝一番の新幹線で、2人の叔母も同行との事。
自慢ではないが遅刻、寝坊をしたことがない自分が何故かその朝寝坊たるものをおかしてしまった。
あせる気持ちを抑えつつ博多駅へタクシーで急ぐ。この時代まだ携帯は普及しておらず連絡よりは
まず駅に行こうと・・・。
新幹線口から改札口へ、 ん?改札口を出てすぐのベンチに母が座っていて、寝坊した自分をにやけつつ
見ながら2人の叔母は先の新幹線で向かったとの事、「しょうがないくさ」の一言ですませ
切符売り場へ向かった。急ぎで京都まで行きたいと次の新幹線切符を購入しようとしたとき
「のぞみ」を勧められた。よく分からないが同額の値段で、その時代一番早いと言われた「のぞみ」で京都に
向かうことになった。
京都駅に着くと湖西線へダッシュ!なんせ2人の叔母は先に向かっているは、密葬で時間もやばいかも。
丁度いいタイミングで湖西線で雄琴に向かい、到着後出るとたった1台タクシーが。
「運がよっかた」と早朝の琵琶湖をホテルへ向かう。
密葬と言っても何処でやっているかまでは確認していない母と自分。フロントで聞くと離れ新館一階奥の部屋との
応対。聞くと同時に、ダッシュ。
喪服の人だかりを見つけると、喪主の叔父から「早く早く」との声が。
着替える暇も無く通路両脇の多くのご親族の真ん中を奥の部屋へ。
ことなく密葬を終え棺おけに杭を打つ寸前であった。叔父(会長)に最後の別れを告げ出棺。
後で話を伺うと、福岡(母叔母をあわせた4人)はまだかなと話をしていた時に、黒のコート
羽織った母と自分が、さも主役登場宜しく、映画のワンシーンのように見えたとの事。(不適切かも)
自分は喪服の上にコートを羽織っていたが、
母は喪服をバックにいれ、紫の服の上にコートだったんで脱ぐわけにもいかなかった訳で。
2人の叔母は20分後に到着、火葬場にも行けず部屋で待機でした。
会長が最後に間に合わせてくれたと奇跡を信じずにはおれません。
のぞみにしても、湖西線にしても、タクシーにしても、
その時間だったからこそ、
言うなれば【あの朝寝坊】も?
それから会長の葬儀は1000名を超える人々の弔問をうけことなく話は終わります。
大津で周忌のたびに【母と自分の登場シーン】は語り草との事です。